昭和の魔法、平成の魔法
2017 / 08 / 11 ( Fri ) 09:53:24
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 今朝の東京は雨です。

 比較的涼しいです。

 おはようございます、kakisakasanです。


 このブログで何度も言っているように『猫の集う木』という短編小説を英訳して、現在翻訳家の方に英文チェックをして頂いている最中です。

 で、この小説には二人の姉妹が登場するんですが、彼女達が小学生のときに『魔法使いサリー』を見ている場面があるんですね。

 これはkakisakasan自身が小学生の頃を思い返して描いたのですが、今思えば、この頃(1960年代~1970年代)の魔法というのは、いたずらに使うことはあっても決して人を殺めることに使うことはなかったなあって…

 どうしてそんな事を思ったのかと言いますと、AbemaTVってありますよね、そこでは色んなアニメを放送しているのですが、魔法を使うアニメが結構配信されているんですよ。

 それらはほとんど平成のアニメで、見ていて気がついたのは、魔法が人殺しの道具に使われていることなんですよ。

 刀とか銃とかと同じように戦(いくさ)の道具なんですよね。

 魔法って、一体いつからそんなふうに扱われるようになったんでしょうね。

 魔法は世のため人のために使う物であって、人殺しのために使う物ではない。

 それを訴えるために、そのような場面を設けざるを得ない。

 そんな考え方も出来るのでしょうが、しかし、人の世の中には戦争があると言う事を前提に作者は物語を描いているのではないか…

 いや、戦争自体がエンターテイメント化していて、魔法はそれを描くのに打って付けの道具と化している。

 しかも、作者自身がそれに気がつかず描いている。

 そんなふうに思えてならないんですよね。

 魔法使いサリーだとかひみつのアッコちゃんだとか、あの昭和世代の魔法は、実際に戦争を体験したもしくは戦後間もない頃を体験した人達によって描かれているんですよね。

 だから、魔法を人殺しの道具として描いていない。

 人智を超えた力は決して戦争には使わない。

 戦争そのものを否定しているんですよ。

 魔法使いサリーの歌詞には以下の文言があります。

 「不思議な力で街中に夢と笑いを振りまくの」

 「魔法の言葉を唱えると愛と希望が飛び出すの」

 作詞は山本清(本名:飯島敬)さんで、この歌詞を読んでいると、魔法に愛情を感じるんですよね。

 本当の戦争を知っている人達は魔法に平和な未来を託しているのに対し、戦争を全く知らない人達は魔法に強大な武器を思い描いている。

 そう思うと、平成の魔法アニメは見ていていたたまれなくなってしまうんですよね。

 今の若い人達は平成の魔法しか知らないでしょうから、それが当たり前として受けとめていると思います。

 だから、もし、このブログを読んで「ふ~ん、そうなのかな」と少しでも思ったのであれば、昭和の魔法についてちょっと考えて欲しいなと思いましたね。

 
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